Quantcast
Channel: mAbによる映画一期一会
Viewing all articles
Browse latest Browse all 119

『Summer of the tree』

$
0
0

 

 

 

なんとなしに景色を見れば気付くこともある。

 

 

下を見る。

道端の花や雑草。誰かが無責任に捨てた空き缶。

 

 

上を見る。

白い雲がもくもくもく。月は何故にこんなにはっきりと見えるのだろう。行った気になれる。

 

 

 

歩く時はどこを見ていますか?

 

 

 

__

 

 

 

フランスの作家【ジャン・ジオノ】のフィクション小説『木を植えた男』。

 

 

原作を読んだことはないのだけれど、

アカデミー賞(第60回・1987年)を受賞した短編アニメーションは以前、何かのきっかけで観たし、情緒であったり作品が何を描きたいのかは分かり易かったです。

 

 

日本の活字本の知識もままならない身分で、洋書どうこうは言えないけれど、

こういう発想で描かれた話は、僕が知らないだけで沢山あるんだろうな。

 

 

 

そもそも、僕がどうして洋書を読まないのか?

 

 

単純に「外国人と日本人は違うから」という感覚的な理由もあるんだけど

 

 

1番の理由は、翻訳かな。

 

 

日本人に読みやすいように翻訳されることは、純粋に喜ばしく嬉しいことですが

 

 

翻訳本は、活字に心が入っていないように僕は感じます。

 

 

逆に日本の小説は、活字を読むだけで、作者が血反吐を吐いて満身創痍で描き切ったような魂を感じます。

 

 

 

これをの感覚で考えた場合、

村上春樹先生がノーベル文学賞を受賞できない1つの理由(が翻訳)になるのではないでしょうか。

 

 

 

例えば、外国を舞台にしたミュージカルを、帝国劇場だとか赤坂ACTシアターなどで観劇する際は毎回、外国人の役を純日本人が演じる違和感が発生し、俯瞰で観てしまいます。一流の舞台役者こそ日本人を演じればいいのに。カタカナばっかで・・小池百合子かΣ(・□・;)

 

 

(どうしたいきなり?)

 

 

 

洋書の話でしたね。

 

 

ハリウッド映画は滅茶苦茶観ているので、もはや心は欧米人なんだけど(笑)

 

 

やっぱり笑うタイミングだとか、ノリだとかは掴めなくて、ついていけない時があって・・・洋書は特に、あと舞台もそうだな、日本人として日本の小説を読むように、母国語感覚で読めたら(観れたら)どんなにいいかって、、、映画評論を書き続けてきてアレだけど、内心腹では思ってる。

 

 

 

大学在学中にカリフォルニアに短期留学しました。今でも記憶の情景が浮かびます。

 

 

その時に、小説を読みながら大号泣していたり、お腹がちぎれるほど笑ったり、そういう欧米人を見て、単純だとも思ったし、心から「羨ましいな」と思ったものです。

 

 

ちなみに、日本人は「礼に始まり礼に終わる」が基本。

 

 

挨拶であり御辞儀も子供の頃から大人に習い、周りに合わせ、身に付いていますけれど、

 

外国人から見れば、頭を下げたり会釈をするなどの仕草は、相手に後頭部(急所)を差し出す行為に捉えるそうですね。

 

 

その(お辞儀・礼の)代わりに、あいつらは強く握手をするんだ、目を見ながら。

 

 

 

まるでそう。

目・と・目・で通じ合ぅー、って感じかな。

 

 

(静香Σ(・□・;))

 

 

 

政治家やアイドルは、相手の目を見ながら握手し、「(私を)宜しくお願いします」とお辞儀をしますので、上で書いた欧米式と日本式をミックスしているな。最早・・人間の総合体だ。

 

 

__

 

 

 

今回も前置きが長くなりました。mAbです。

 

 

 

(長すぎだよΣ(・□・;))

 

 

 

ここからはサッと書いて、バイバイビーと去って行きますね。

 

 

 

あっ💡

かき氷の青色といえば「ブルーハワイ」ですけど、どうしてこんな景気のいいネーミングなんでしょうね?不景気ジャパンなのに。

 

 

「スカイ」がいいよ。青空、スカイブルーで。ブルーハワイを頼んでも、ハワイには行けないし、行けるのはせいぜい九十九里浜。

 

 

 

だったら緑色のかき氷は抹茶になるけど、東京で発売される際にには、ネーミングを「ユリコ・コイケ」にしようよ。品のいい抹茶みたいな色の服を着てるからさ。。。言ってみただけ。

 

 

(いいから早く続き書けよΣ(・□・;))

 

 

 

気象学的なことは語れませんが、体感として今年の夏を暑く感じています。

 

 

「今年は暑いわね」・・「暑いですね」・・ニュースを点ければ

猛暑日・最高気温を伝えると共に、陽炎が揺れるアスファルトの映像。なんだか毎夏同じような気がするけど(^◇^;)

 

 

 

僕は完全なる冬好き人間なので、夏がくるたび「乗り切るぞ!」と[心構え]をするほど自分自身に気合を入れなければ、耐えられないと思い込んでいます。

 

 

だけどまぁなんだかんだと充実した夏になるんですけどね。

短い夏。12ヶ月中の2ヶ月間くらいです、ヤバいのは。

 

 

それで・・冒頭の話に戻りますが

 

 

「木を植えた男」

 

 

通勤や移動でロードバイクに乗っています。

ハンドルがグワンと曲がってるアレです。

 

 

そんな特化した自転車を漕ぎながら、

荒川のサイクリングロードを走っていると

 

 

大きな「木」がポツンポツンと1km間隔で在るのに気付きます。

 

 

 

image

 

 

(写真は夕暮れ時に撮影)

 

 

多分、この木がこの場所に来たのは

 

ここ何年かの物語だとは思いますけど、

 

 

この木を見かけるたびに、

僕は「木を植えた男」を連想してしまいます。

 

 

してしまいます。と書いたのは、まるで不可抗力、その都度頭に浮かんでくるからです。

 

 

 

荒川の河川敷(土手)って関東地方以外の方はイメージしにくいでしょうけど・・

 

 

・・・金八先生を思い浮かべてくれれば、話しやすいです。

 

 

というか上の写真を撮った場所って、ほぼ金八先生のロケ地ですから(笑)

 

 

ランニングしている人、僕のように自転車を漕いでいる人、夜明け前の薄暗い道を走っている人、楽器を弾いている・吹いている人、少年野球・草野球をしている人、いろんな目的の人達がそこにはいます。

 

 

(途中、スタートラインΣ(・□・;))

 

 

 

このように川幅の広い荒川の河川敷には沢山の人がいるのですが、(自分の移動範囲内で)休憩をしている人・・・って僕の記憶では少なかったと思います。

 

 

 

休憩している人になると、上半身裸で日光浴しているオジサンくらいかな。よく野球のグラウンドのベンチで寝てます。荒川の河川敷には普通に出現します。

 

 

 

 

 

夏は日照時間が長いし、草むらが多く虫が多いので、他の河川敷と比べても、日陰のない荒川の河川敷は=休憩しようと思うような場所ではなかったです。

 

 

(自分の移動範囲内での荒川の河川敷での話です)

 

 

 

日中はそんな感じですけど、夕暮れ時になると、放課後のデートかな、河川敷の階段やベンチに座っている学生を見かけます。

 

 

二人の世界。

通り過ぎていく僕等は、アベックにとってみれば、ただのエキストラ。

 

 

あの日の僕を見ているようで懐かしく思いながら通り過ぎます。

ヒューヒュー。

 

 

 

(でも君たちが座ってるそのベンチって、日中、裸のおっさんが日光浴に使ってるんだけどね(笑))

 

 

 

そんな荒川の河川敷に、ちらほらと見かける木。

 

 

照りつけるアスファルトを走っていると、日陰が出来ていて、思わず「涼しそうだなぁ」と感動してしまいます。大袈裟ですが「オアシス」ってこんな感じなのかな。

 

 

そしてその木の下で休んでいる人を見かけます。

子供連れの家族はシートを敷いて、まるで桜の季節のように過ごす。

 

 

 

日陰を創った事で誰かは救われる。

日差しが強くてクタクタになった時、大きな木が見えてきて「ラッ木ー」って駆け寄り、休む。

 

 

 

(シーン)

 

 

 

空を見上げれば美しい地球が確認出来て。

地面を見下ろせば未来と過去が繋がる道を想像する。

前を見れば極彩色の世界が広がる。アブラカダブラ、ナムアミダブツ、チチンプイプイ。まだまだ知らない事ばかりだ。知り得たいな。

 

 

 

相変わらず、書きながらテーマを広げていき着地点のないブログになっていますけれど、そんなこんなでオチにします。誰かは存じませんが「ここに木を植えた人」を誇らしく思います。

 

 

 

ありがとSUN。

 

 

 

【mAb】

 

 

 

 

読者登録してねフォローしてね

 

 

 

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 119

Trending Articles