『ゴヤの名画と優しい泥棒』
2月25日の全国公開。
公開3週目となりますが、渋めの出演者ゆえ、すでに上映終了となっているシネコンもあるかと思います。映画鑑賞の参考になさってくださる読者の方、ご了承下さいませm(_ _)m
ミニシアター系の作品らしく日本題名も説明的になっている印象を覚えます。
原題は『The Duke』。Dukeは日本語で「公爵」を意味する英単語です。
日本題名は『ゴヤの名画と優しい泥棒』
まぁ・・そのまま『ザ・デューク』だと、サスペンス映画やアクション映画のタイトルみたいで、ポップなタイトルではないからヒットしないでしょうね。
『デューク更家』だったらポップな感じがしますけど。。。
ゴヤの名画『ウェリントン公爵』を英国ナショナル・ギャラリー美術館から盗んだ老人。
日本の題名は、ゴヤとかゴッホとかピカソなど、美術史に対して詳しくない人でも「聞いたことがある!」という人物名をつけがち説。
物語・展開は割と単純で、ヨーロッパ映画らしい古き良きの建物が背景にある映画でした。
個人的な話です。
ここ数年は、以前のように「TOHOシネコンで上映している外国語映画は全て見る」というPolicyがなくなり、鑑賞する作品を厳選するという姿勢になりました。
監督や俳優を決め手として選ぶのが基本ですが、以前と大きく違うのが「その時の気分」で選ぶようになったことです。本当・・個人的な話ですね(^_^;)
この作品を観る前に、同時間帯に上映する未鑑賞作品の候補がありました。
タイトルを挙げますと、『ナイル川殺人事件』『シラノ』そして今作品『ゴヤの名画と優しい泥棒』の3作品。
ナイル・・は前作の『オリエント急行殺人事件』が自分的にハマらなかったので、今回はいいかなと。シラノは中世のフランスが舞台なのと、ブログを書く前提で考えた時に、書きづらくなるだろうと予想。それで消去法になりましたが今作を選びました。上記2作品は鑑賞無・記事無になります。
何より上映時間が「90分台」なのがいいですね。
上記2作品は2時間(120分)を超えますし、最近は殆どの新作が2時間越えで、作品の良し悪しは別にして、上映時間を聞いただけで、しんどくなります。
(日本映画史上初めてアカデミー賞にノミネートした『ドライブ・マイ・カー』も上映時間が3時間以上(本編179分)あると知り、それだけの理由で鑑賞しませんでした。)
(公開初週の『ザ・バッドマン』も予告と合わせて3時間を超える上映時間となるので、場合によっては映画館で観ないかも知れません。以前の私を考えれば大事件。)
(長くても140分くらいまでの上映時間が私の限界です。)
だけれど、時間が短いは短いで経験上、信用出来ないのも有ります。
90分台のドラマだと、削ぎ落としが多いのか、それとも纏まりがいいのか、どちらかです。
では始めます。楽しい映画の時間です。
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1961年 イングランド
スペイン最大の画家と称される【フランシスコ・デ・ゴヤ】[1746−1828]の名画『ウェリントン公爵』が、ロンドン屈指の美術館ナショナル・ギャラリーに展示され、「公爵来英」のニュースがイギリス中の話題をさらっていた。
(ウェリントン公爵は、ナポレオン戦争の英雄アーサー・ウェズリーが1814年に叙されたのに始まるイギリス諸島の公爵位。連合王国貴族の中では筆頭となる爵位。)
イングランド北東部の工業都市ニューカッスル・アポン・タイン(以下ニューカッスル)
タクシー運転手として働くケンプトンは小説家志望。60歳の高齢者。
公共放送であるBBCに対して「社会的弱者となる老人」は受信料無料にするよう活動をしていた。
その活動に信念を注ぐケンプトンは、BBCの受信許可料の支払いを拒否した罪や社会活動で刑務所に入れられる。
逮捕された罪状が新聞に載るなど、周囲から「変わり者」だと敬遠され笑われる、ある方面では地元の有名人。
ケンプトンはとにかくよく喋る男だ。しかし本人は楽しくても、周りからすれば愉快な男ではない。
話す内容が、とにかくつまらない。その自覚もない。
運転中のタクシーでも、お客相手に一人で喋り続けることでクレームが相次ぎ、ある日、会社からクビを宣告される。
そんな彼はニューカッスルの小さなアパートで妻と息子と暮らしている。
妻のドロシーは中流家庭でハウスメイドをしながら、夢想家で稼ぎの少ない夫と一家の生活費を支えているが、夫を愛しているため不幸せではない。
夫婦は娘のマリアンを交通事故で亡くして以来、心に深い傷を負い、暗い影を落としていた。
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ある夜。ロンドンのナショナル・ギャラリー美術館にトイレの窓から侵入し、ゴヤの名画を持ち去ったケンプトン。
自宅の洋服ダンスの奥に保管するウェリントン公爵絵画。その事実を唯一知るのは息子のジャッキーだけ。
ケンプトンとジャッキーは父子で秘密を共有し、その後も協力して隠し続ける。
ロンドンのトラファルガー広場。ナショナル・ギャラリー(国立美術館)から、話題のゴヤの名画が盗まれたというニュースが、国中の話題をさらう。
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「絵画を返して欲しければ、年金受給者はBBCテレビの受信料を無料にせよ」
脅迫状を送ったケンプトン。
ロンドン警視庁は専門家に依頼して脅迫状を分析するが、この脅迫状は犯人とは関係のない賞金目当ての人物による仕業だと結論付け、犯人像を「プロの犯罪組織」か「元特殊部隊の軍人」だと推測し捜査をする。
まさかロンドン市内の小さなアパートに住む高齢者が盗んだとは微塵も思っていない。
ナショナル・ギャラリー美術館は、情報提供者に5000ポンドの賞金を出すと市民に呼びかける。
(1960年代当時の固定相場。1ポンド=1008円。1ドル=360円)
劇作家志望のケンプトンは、性格が災いし、それまで何をしても上手くいかない。
タクシー運転手をクビになり、新しく始めたパン工場のバイトも、人種差別を行う上司に意見を言いクビに。
受信料を払えと、自宅にやってくるBBC職員とも度々トラブルを起こしている。
彼には劇作家として成功し家族を養いたいという目標と共に、貫き通したい信念があった。
そんな中。妻のドロシーに、ゴヤの名画を盗んだ犯人が自分であることを知られてしまうのだった。
監督🎬
【ロジャー・ミッシェル】
ケンプトン・バントン
【ジム・ブロードベント】👑
妻ドロシー
【ヘレン・ミレン】👑
息子ジャッキー
【ファイオン・ホワイトヘッド】
グロウリング夫人
【アンナ・マックスウェル・マーティン】
息子ケニー
【ジャック・バンデイラ】
アイリーン
【エイミー・ケリー】
配給[ハピネットファントム・スタジオ]
本編[1時間35分]
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ケンプトン・バントン氏というお名前を私は初めて耳にしました。
トントントントンヒノノニトン・・
英国では、時代を変えた有名人の方のようです。
工業都市ニューカッスル。
英語表記はお城を意味する「Castle」。アメリカでの発音はニューキャッスル。
フットボールのプレミアリーグがお好きな方にはチーム名としても有名な地名ですね。
1960年代に入った辺りに実際に起きたお話です。
アパート暮らしの一般市民バントン氏は60歳の年金受給者。
年金受給者にはテレビ(BBC放送局)の受信料を無料に!!という運動を精力的にされている活動家。
賛同者は映画を観るにおらず、署名を求めれば後ろ指をさされて、殆ど集まりません。
劇中は息子のジャッキーにプラカードを持たせて、基本2人で活動していました。
『FREE TV FOR THE OAP』
OAP(老齢年金受給者)。公共放送料金をタダにしろ。
息子(家族)がいなければ「独りぼっちで活動している老人」という寂しい絵になるのでしょうから、息子の存在が視聴者の安心となることでしょう。
ルールはルール。受信料を払って下さい。と自宅に集金にくる訪問調査員にも、あの手この手の言い訳で凌ぎ、挙句の果てに逮捕される。受信料未払い・無料運動の老人活動家バントン逮捕のニュース。
彼は老人たちのために社会運動をしているのですが、その真意が中々伝わらず、町の人達からは「関わってはいけない人」だと粗側鎖邪険にされています。
それで(中途省略)ロンドンの国立美術館から世界的絵画を盗んで、「返してほしければ受信料を無料にしろ!」と警察に脅迫状を送るんですからね。ある意味、どこまで純粋なんだ!と思いますよ。
とりあえず実際問題。そういう運動をされている人には、言い分がある筈なので、怖がらずに話をちゃんと聞いたほうが良さそうだと思いました(^_^;)
映画を視ていて問題なのは、そんなウン十億円の価値もあるような名画を、一般市民が忍び込んで盗むことが出来てしまった国立美術館のセキュリティーの低さだと思います。
劇中中盤に行う実験では、逮捕後の裁判で、実際に絵画に包んで町中を歩いてみると、誰も気にしないという結果になりました。
コソコソするより堂々としている方が怪しくない。誰も中身がウン十億もの絵画であるとは思わない。
この人間心理はある意味では納得します。しかし、盗んだ後の行動よりも、侵入して盗み出すほうが大変なのでは?と映画を視ていて疑問に思いました。そこの部分はもう少し具体的に描いてほしかったです。
おおもとにあるのは「テレビ(公共放送)の無料化」に向けての社会活動。ゴヤの名画を盗んだのは「弾み」の行動のように描いています。
ここで参考程度の豆知識を。
日本では60歳を「還暦」という言葉で祝いますが、これは日本特有の文化で、英語圏では還暦という考え方はありません。
なので主人公のバントン氏を「還暦のおじいさん」と考えるのは日本人だけで、批評を書く身としては何だか違う気がして、還暦=日本独特の空気感みたいな労りが発生すると思います。
そして「昔の60歳」と「今の60歳」では、世間の見方もだいぶ違うと思います。
もっと気楽に観ればいいのになぁ・・と客観的に思ってしまう私の見方(^_^;)
続いてバントン氏の家族構成です。
妻と3人の子供がいて、一人娘を事故で亡くした喪失感の中で生きています。
バントン氏はとにかく「一人で喋り続けるような男性」で、喋りすぎておまけに話がつまらないという客のクレームで、タクシーの運転手をクビになるオチ。喋りすぎて面白いなら人気者ですが、喋りすぎてウルサイなら嫌われ者・・皮肉な話です(^_^;)
(だけれど、じっくり話を聞くと「意味のあること」を喋っていると人は知ります。中盤からの裁判シーンでは、彼の「主張」や「考え方・捉え方」を傍聴者が真剣に聴くことになるので、要は「孤独防止」には「話し相手」が必要になるのだと、私なりに映画のメッセージを解釈しました。)
劇作家を志していますがシナリオコンクールは落選が続きます。職はコロコロ変わり60歳フリーターという感じですかね。
そんな「オシャベリな夢想家」を支える妻のドロシーは、経済的にも一家の大黒柱です。
お金持ちのお宅で専属のハウスメイドとして働き、家族の中で唯一、安定して給料を家庭に入れる存在。
構成的には、駄目な夫としっかり者の妻、という王道路線の描き方です。
活動に対しても、収入に対しても、作家になるという夢に関しても、それに対してヤイヤイ言ったりせず、いい意味で放っておいてくれるので、夢想家の男性にしては理想的な女性でしょう。
ドロシーは日中は働き、家に帰れば夫と息子に尽くすという女性。
中盤からお終いまで徐々に存在感が増していくキャラクターでした。
子供を失った親。突然の事故だったそうです。
相当な喪失感の筈ですが、男性とは違い、母親であるドロシーは娘のお墓参りには頑なに行きません。
今回、夫婦役を演じるのは英国を代表する俳優になるので、安定して描写を追いました。
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2人の息子は父親譲りか、良い奴なんだけれど・・ちょっと変な奴です。
もっとぶっ飛んでいるキャラクターに上げても成立する作風だと思いますが、実話ベースとなるのでキャスティングの段階で、実在した人物と俳優との特徴を合わせているのでしょう。
同居をしている息子ジャッキーは、冒頭から父親の活動を手伝っていて、造船所でバイトをする心優しい青年。
交際している女性ともいい感じで、頑固で信念を曲げない父親に文句も言わずに付き合う、協力者ジャッキーが好印象でした。
演じる【フィン・ホワイトヘッド】[24]はクリストファー・ノーランの戦争映画『ダンケルク』で映画デビューを果たした今後の活躍が期待される英国男優。末っ子基質のようなキャラクターのジャッキー役がハマっていました。
父親の活動を手伝うジャッキーとは対象的に、フラフラしている兄弟ケニーは、家に帰ってきたり帰ってこなかったり、映画の中でも、いたりいなかったりするキャラでした。なので俳優の印象としてはあまり残っていません。
印象に残っているのは、彼が付き合う女性のタイプ。既婚女性と交際するというフェチです。
自宅に既婚の彼女を連れてきて、バントン家で生活を共にしたりするので、やはり変な奴です(^_^;)
その連れてきた彼女は、彼氏の実家の食卓でタバコを吸ったり、勝手に他の部屋に入ったり、日本人の私としては考えられない馴れ馴れしさ・図々しさなのですが、絵画を盗んだ犯人がバントン氏であると分かると、分け前の話を出して取引してくるから、映画の中では唯一、嫌われ者で「動き」がある「第三者」のキャラクターになる。多分、彼女がいなければ、抑揚のない映画になっていたから◯。
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内情を知らなければ、なんて頑固なおじさんなんだ、と思うのですが、内情を知れば、親しみの持てるおじさんに。
お年寄りの楽しみはテレビを見ること。当時のイギリスは殆どの高齢者にとってテレビは友達でした。
第二次世界大戦後のイギリスは「ゆりかごから墓場まで」という労働党が掲げたスローガンが有名です。
裕福と貧困の差が極端にあり、年金受給者の生活は、年金だけでは厳しい。
家にいる時間くらいは「ゆとり」を感じたい。それがテレビ視聴となる。
劇中で、私のような老人はテレビこそ社会と通じるツールであると紹介されます。
彼が「公共放送を無料にしろ!」と運動していることは、ないものねだりではなく現実的欲求だと思います。
年齢的にも半人前の私が英国をイメージすると、湖畔地方の自然だったり、薔薇などの花を育てる・・なんというか外国の「老後の生活」の有り方を想像するんですね。
だけど現実はそんなに甘くなくて、贅沢もなければ、多くの人が声を上げられずに我慢して日銭を稼いでいる現状がある。
その背景には、イギリスの社会福祉制度だったり、不平等であったり、矛盾があって。漠然と伝えると「幸せとは?」「普通とは何か?」などもテーマに感じました。90分という短い上映時間のなかで、鑑賞後に検索させてくれる宿題を多く残してくれる作品です。
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上映時間も短いですし、私の文字量も省エネにします(笑)
(SDGsのマイ項目に「文章は短く分かりやすく」って加えよう。それでも長いぞΣ(゚Д゚))
最後に出演者をご紹介して終わります。
今作は英国を代表する2名の大御所俳優が夫婦役を演じています。
特に『クイーン』でアカデミー賞主演女優賞を受賞したオスカー女優の【ヘレン・ミレン】[76]が、妻役で出演しているのも魅力的でした。御年76になられた今も精力的に映画女優業を続けられ、今後も出演作が続々と日本で上映されることでしょう。
度の強いメガネを掛けると、『ハリーポッター』のシビル先生を演じたエマ・トンプソンに感じが似ているなぁと思ったり・・英国女優ってどこか容姿や雰囲気が似ているように私は感じるのです。
私にとってヘレン・ミレンは、柔らかい表情のお婆様というよりは、女性の女の部分も現役で出しているマダムで、キッと鋭い瞳をする繊細な女優のイメージです。
今作品で、我が道を行く夢想家の夫を文句も言わずに愛しながら、自身がハウスメイドで稼いだ給料が一家の生活費の殆どを占める英国婦人ドロシーを演じています。
ヘレン・ミレンは、例えば、旦那に「今日も頑張って稼いできなさいよ!」とお尻を叩いて送り出す姉さん女房みたいな妻のキャラクターの方が似合うと私は思うので、夢想家の夫に尽くしながらも、冷たくあしらうSっ気のある今役は理想的でした。
主人公ケンプトン・バントンを演じるのは、こちらもオスカー俳優の【ジム・ブロードベント】[72]。
助演男優賞を受賞した2001年の『アイリス』は、丁度、私が洋画を映画館で観始めた年のアカデミー賞になるので、ブロードベントは映画にハマる時期に意識した俳優さんです
『ナルニア国物語』のカーク教授だったり、『ハリー・ポッター』のスラグホーン先生だったり、世界的映画には欠かせない大ベテラン。
今回は「口数の多い老人」というスタンダップコメディのような役どころでしたが、ふとした時に一息ついた「セリフの間」が秀逸。ブロードベントが俯いたとき時の肩の落とし方は引き込まれます。
バントン氏のキャラクター。
亡くなったロビン・ウイリアムズが私にとっての映画の神様なので、ロビンがこの役を演じたら似合いそうだなぁ・・なんて映画を視ていて懐かしみました。
俳優のご年齢はお二方とも70代で、ヘレン・ミレンは日本で言う後期高齢者の年齢。
60代の夫婦を演じていると観れば、少し老け過ぎかなとは思いますが(^_^;)
作品が伝えたいのは「俳優の年齢」ではなく「夫婦のご年齢」。
現代は60歳でも現役でバリバリ働く人は多いですが、1960年代の価値観だと、老骨に鞭打つという見方に変わる。
人間にとって最も大事なのは「気力」だと私は思っております。
美術館から絵画を盗み、テレビで大きく報道されて、美術館は(日本円で)1500万円の懸賞金が出されると報道。
それを自宅で保管するバントン氏は、それまでの空元気とは打って変わって活気に満ちていて、それが気力になっていく様子がとてもユニークに感じました。
そして予告が大変素晴らしい出来栄えです。
予告だけでも是非ご覧になって下さいね。
予告だけ観れば100点満点!の気分になれます。
もちろん日本題名で『優しい泥棒』というくらい、「I HAVE A DREAM」の言葉のように優しい作品でしたよ。
脚本 13点
演技 15点
構成 14点
展開 13点
完成度14点
[69]点
【mAb】